センター長あいさつ
Greeting from Professor

ご挨拶

平成28年4月より岡山大学救急医学教室の教授を拝命し、瞬く間に8年が経過いたしました。岡山に赴任になった当初は救急搬送件数も少なく、十分な人員もいませんでしたが、今は約20名の救急専従医を有し、年間4,000から5,000件の救急車を応需する大きな救命センターに成長いたしました。同時に、学術や教育、地域貢献にも力を入れ、当科から出る論文のインパクトファクターは2021年から3年続けて80を超え、ほぼ全員のスタッフが科研費を獲得して研究を続けています。

岡山大学病院は、大学病院ではありますが、各専門診療科との風通しがよく、嫌な顔一つせず相談にのっていただけますし、病院全体が救急医療に大変協力的です。扱いが困難な精神疾患をお持ちの患者さんも多く搬送されますが、当院の精神神経科は24時間リエゾンで対応してくださることで、患者さんにとって利益が大きい体制が維持できています。整形外科外傷チームも常に対応してくださいますし、麻酔科は必要とあらば、何とかしてオペ室をあけてくださいます。外科所属のAcute Care Surgeryも、脳神経疾患も、循環器も当科で受け入れたあと、実に速やかに気持ちよくご対応いただき、私個人としていくつかの救命センターを知っていますが、ここはもっとも私の理想に近い施設であると自負しています。

また、当高度救命救急センターは、小児救命救急センターの認可も受けており、岡山県内はもちろん、隣県からの小児重症患者さんも多く扱っています。さらに、残念ながら救命がかなわない患者さんにも寄り添い、ご家族と患者さんの意思を汲み取って、臓器提供につなげる努力もしています。

救急は地場産業であり、人口の減少に反して救急搬送数は増加し続けています。今後超高齢化社会を迎えるにあたって、ますます救急医の受容は増加してきます。同時に、一人前の立派なリーダーとなるような救急医には高い学術への興味、貢献が不可欠です。臨床医として素晴らしい腕を持った医師でも、研究や論文などの業績がないために後輩を指導する機会が与えられず、発信の機会が乏しくなってしまうことがあるのは大変残念なことです。岡山大学では将来リーダーとなって地域の救急を牽引する人材を育成するために国際学会での発表、英文雑誌への投稿などを全面的にサポートし、キャリアに必要な学術要素を満たせるようにしています。心身ともに健康な若い救急医の先生方は日本の宝です。リサーチマインドをもった、Academic Emergency Physicianが一人でも多くこの日本に生まれることを望んでいます。

岡山大学医学部の歴史の中で最も若い診療科は救急科です。若いからこそ、元気で明るくなければと考えております。従業員やその家族を大切にしないと顧客も幸福にすることは出来ません。岡山大学病院高度救命救急センターはスタッフを第一に考え、常に笑顔で明るく太陽のような温かさをもった存在であり続けたいと思います。ここには素晴らしい仲間と機会があります。

医学生のみなさんへ

医師を目指し、毎日講義や実習に追われていることでしょう。その合間にスポーツや適切な息抜きは必要です。有意義な学生生活を送り、西医体や東医体で立派な成績を残すことも大切です。私は野球部の部長をしていますが、部員たちがけがなく、いい思い出を作れるようにサポートすることが我々教員の役目です。

一方で、我々はいい医師を輩出する義務もあります。

医学部の高学年が救急科の実習にきたときには、興味に目を輝かせ、どんな症例でも診てあげようと思うでしょう。ところが、研修が終わり、専門科を選んだときあたりから、だんだん救急車を診るのが怖く嫌になってきます。目の前で人が倒れるシュミレーションは、何度も学生のときにBLSで経験しているはずなのに、なぜか心肺停止の患者さんを診れなくなってしまうのです。いまだに、心肺停止の方の救急要請は、10件以上の病院に断られ、たらいまわしになる例があとをたちません。

救急車には、年齢、性別、時間に関係なく、さまざまな訴えの患者さんが乗っています。怪我をしている人、心肺停止の人、ぐったりした子供、など急病をすべて扱わなければいけません。「専門でない人が見て、責任が取れるの?」とよく言われます。「救急医をやりたいんです」と先輩に相談してみてください。多くの専門診療科の先生は「そんな馬鹿なことはやめておけ」と言われるでしょう。

救急科専門医は、病気、けが、やけどや中毒などによる急病の方を診療科に関係なく診療し、特に重症な場合に救命救急処置、集中治療を行うことを専門とします。つまり、我々救急医は、急病を診るのが専門なのです。「急病は何でも診る」というのは、簡単ではありません。ですから、普段から診療科に関係なく診れるように研鑽をつみ、病気やけがの種類、治療の経過に応じて、適切な診療科と連携して診療に当たらなければいけません。責任は問うものではなく果たすものです。責任が果たせるように、自らを磨けばいいのです。

「絶対断らない救急」を掲げて頑張るのは大切です。ですが、自分が診れないものまで、無理をして患者さんを危険にさらすほど愚かなことはありません。結果として、断らなくてもいいようなシステムや豊富な医療資源があればいいのですが、自らの守備範囲をよく知ることが最も大切であり、救急科はそれを最も大切にします。

救急科専門医をはじめとする救急医は、さまざまな能力をもっています。目の前の患者さんにスピード感をもって接することはもちろん、その病態に対する最速・最大限の治療を熟知し、現段階でどの程度までの治療が適切かを即座に判断できる能力だと思います。それはすなわち、地域医療・在宅医療にも必要な能力です。すべての患者さんに最悪の事態に備えた検査をすることなく、検査と治療を同時に行いながらスピード感をもって診断をすすめていく、それが救急医学の醍醐味です。

すべての先生が大学病院のような大病院で生涯働くわけではなく、地域のクリニックで働くこともあるでしょう。また、マイナー科へ進む先生もいるでしょう。強力な医療チームがない施設では、最速かつ最大の治療が出来ないからこそ、キャリアの初期にそれを経験し理解しておくことは、のちに大きな力になって必ず自分を助けてくれます。

救急外来には、さまざまな背景をもった患者さんが運ばれてきます。まさに社会の縮図で、救急外来はまさに社会の縮図ともいえるでしょう。そこで働く我々救急医が目にするものは、日本の社会の現実そのもの、を診ているといっても過言ではありません。南海トラフ地震も高い確率で日本を襲うであろうと言われており、超高齢化社会はすぐ目の前です。高齢者の運転や異常気候による災害も頻発しています。これから、我々救急医の需要はますます増え、日本社会を救うカギを握る診療科になっていくことを確信しています。

救急医を生涯やる必要はありません。ONのときは医者らしく、OFFのときは人間らしく、どこの科にいっても役に立つ、救急マインドを我々と一緒に学びませんか?